こえをきかせて


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浅い眠りの中で、夢を見た。
すごく昔、まだ兄弟が自分と日本だけだった幼い頃のものだ。
うとうととし、目をこすりながらもきゅっと我の手をつかみ、「わたしがねむるまに、おかえりにならないでください」と言う。そんなことする訳がないだろう、我だって一秒でも長くお前と一緒に居たいのだ。
しかしどうにも気持ちが伝わらないのか、日本は寝かしつける度にいつも同じことを繰り返した。信用されていないととるか、自分を必要としてくれているととるか。どちらにせよ自分はこの弟が心底かわいくて仕方なかったので自分の寝る間も惜しんで寝顔を見続けたりもした。

(まぁ、こんなこともあったあるな)

夢の中の自分たちを客観視していると、そのうち弟と一緒になって自分も寝てしまっていた。布団は横にもうひとつ敷いてあるのに、と笑っているうちに異変に気づく。
日本がもぞもぞと動き、熟睡してしまった自分に、きゅっと抱きついた。どうやら起きてしまったようだ。

(…ま、まぁ、我の夢あるしな…)

まるで妄想を具現化したような光景に苦笑いしながらも様子を見守る。
「ちゅうごくさん、ねてしまいましたか」
ふにふにと兄の頬をつつき、じっと見つめている。まだちいさく愛らしいもみじのような手をいっぱいに広げ、今度はぺちぺちと額を叩く。何をしているんだあいつは。
「…ねて、しまいましたか?」
念を推すようにもう一度聞く。兄の顔を覗き込んで、きょろきょろと周りを見回し、またじっと顔を覗き込む。

「…、……にーに」

びくりと、身体と心臓が震えた。
兄弟の中でもとくべつ頑固で譲らないところのある日本は、我が何度言っても頑なに「中国さん」と呼び続けていた。のだが、たまにこうしてぽつりと、聞き取れるかとれないかの小さな声で自分を呼ぶことがあった。
大体それは一貫して、彼が不安を募らせている時だ。

(…あいや……)

日本はにーに、にーに、と声に出しながら、我の手をにぎり頬を撫で、長く伸びた髪をすいている。それはまるで、兄がそこに居るのを確かめているようだった。
ぎゅう、と胸が締め付けられ、呑気に寝ている自分をたたき起こしたくなる。
けんめいに寂しいと意思表示をする弟を、できることなら抱き締めてやりたい。これが夢でなければ、と肩を落とした。

(ただの夢あるが、それでもやっぱり、苦しいある)

ちいさな弟は、さいごに自分の懐に丸まって、我の裾を決して離すまいとたぐりよせ、またうにゃうにゃとぐずりながらもぽつりと一言もらして、眠ってしまった。

「にーに、きくは、にーにがだいすきですからね。」



なんともいいタイミングなのだが、そこでスッパリと夢は終わる。自然と目が覚めたのだ。起き抜けの気分の悪さと言ったら、なんとも例えようのないものだった。

(…夢は、夢あるよ)

そうだ、例え昔、弟がああして慕っていてくれたからと言って、今どうこうなる話ではない。現にここ数ヶ月はあっちからの連絡はぱったり途絶え、我慢ならず自分から電話やメールや手紙を送っている。

(いいある、別に。我は昔の思い出を胸に生きるある…)

つん、と鼻をさす痛みをこらえて床を抜け出し、台所へ向かった。腹にものを入れればこの空しさも少しは埋まるだろう。
鍋に火をかけ、冷蔵庫から玉子を取り出し、米を量って湯へ流した。そう言えばあいつは卵がゆが好きだったっけ。そこまで思い出して、やめた。空しい。
項垂れながら鍋を混ぜていると、ジリリリと電話がなる。誰だこんな朝早く。出来れば今日一日、誰とも話さず過ごしたい気分なのだが。

「はい、もしもし?」
「あ、…中国さん」
「!」

思わず箸を落としそうになる。寸でのところで掴みあげ息をついた。

「にほーん!どーしたある!」
「いえ…あの、今何してらっしゃいましたか」
「え?我?今朝飯作ってるあるよー」

さっきまで沈んでいた気持ちが嘘のようだ。自分のテンションがぐんぐん上がっていくのを感じる。

「元気にしてるあるかー」
「ええ。…あの、そちらは…、お変わりないですか。無理などしてないでしょうね」
「!」

少しだけ躊躇しながらも出された言葉は、自分の様子を伺い案じているものだった。嬉しさで胸の中がいっぱいになる。
「我は、元気あるよ。」
じわじわと涙が込み上げてきて、震える声で答えた。

「今日な、お前が夢に出てきたあるよ。…だから今、声が聞けてすっごくうれしいある。」
「は…!?」
電話ごしに、息を飲む音が聞こえた。
なにかあったのかと聞くと、返ってきたのは「いいえ…」という力の無い返事だった。

まぁいい、今日はこうして、だいすきな弟のことでいっぱいの朝を迎えられたのだ。いい日になるに違いない。

その日、我と同じ夢を日本が見たというのを知ったのは、また別の話ある。
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後付の蛇足。
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